タイトルは親友のあ~やに頂きました。コメントは記事の下のcommentsをクリック
by kyouhei414
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癌・ギランバレー☆闘病記のH・P管理者の日記。
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水陸両用動物
最近見つけた愛犬の散歩にもってこいの場所がある。池がありその周りを小道が走っていて、池を一周できる。木陰あり、お水あり、公演ありで非常に気に入った。その池でネッシーを発見。が、ネッシーであるはずはないので、私は立ち止まりネッシーの正体を掴むことにした。
浮いたり沈んだりしているが、浮いてきた時には明らかに頭が見える。色は黒。泳ぐスピードは以外に速い。何だろう?池のほとりには中年の男性が立っている。ん~・・・・犬だ。レトリバー系のワンちゃんか?

その犬はず~っと池に入ったまま泳ぎ続けている。男性が石を投げてその石の作る波紋に向かって泳いでいるようだが、それを延々続けているのだ。かなり泳ぎが達者らしい。私とジュディーとさくらが池の周りをほぼ半周をした頃だろうか? 男性は池から去っていく。しかし、その犬は池に入ったまま動かない。どうやら男性の動きを追っているが池から出ずに男性が帰ってくるのを待っているようだ。
男性と犬の位置が見えないところに来たので、もうその犬は帰ってしまっただろうとあきらめながら歩いていたが、その池の位置まで来た時なんとまだ犬は池に浸かっている。じ~っと男性の帰りを池の中で待ち続けていたらしい。飼い主の男性は犬から随分と離れた所から愛犬の名前を呼び続けている。しかし、お互いに歩み寄って近づいて行くことはない。

犬は池の中、男性は離れた所・・・・一体どうしたのか? まず犬を確認してみることにした。なんと、ダックスだった。男性が近づいてこないので一人、いや一匹で池での泳ぎを楽しんでいる。時々男性を見るが「こっち来てよ」という表情で、どうやら遊び足りないようだ。続いて男性の方へ。男性の方から「大人しいですね?うちのはダメだ」と声をかけてきた。聞くとこのダックスは泳ぐのが大好きらしく、何時間でも疲れるまで泳ぐらしい。泳ぎ足りないとこうして池の中から動かず、男性が一緒に遊んでくれるのを何十分でも待つという。こうなると、どちらがあきらめるか根競べらしい。しかし、何十分というのは大げさだろう。何分程度だろうが、待つ方にしてみたら長く感じるだけなのだと思う。

私たちは違う場所でしばらく遊び、気になったので又池へ見に戻った。すると、ダックス君は池の中。男性は離れた所・・・・ほんとだ。何十分だ。。。。。。少々驚いた。やっとあきらめたダックス君は男性に近づくと又池の方へ走り出す。とうとうぶち切れた男性は所構わず怒鳴っていた。
「いい加減にしろ!!!!!帰るって行っただろ? もう連れてこないぞ!!!!!」と怒鳴る声は真剣だった。どこかで聞いたせりふだ。
しかし、この男性はさっき言っていた。シャンプー前には必ずこの池に連れてくると。今日のことはさっさと忘れて、シャンプー前にはこの池に来るんだろうなぁ、と思うと私の顔には笑いが・・・・・
だって、誰かに似てるんだもの。。。。。

怒鳴られたこともお構いナシで、元気に走っていき、それも男性より先に走り男性を置き去りにした、両生類のようなダックス君。
何とも言えず可愛かった・・・・・・


ネッシーを撮影
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by kyouhei414 | 2005-08-29 23:36 | 愛犬
珍しいヤツ
易占いというと、易者さんが筮竹を両手に挟んでもみもみして何やってんだか判らない占いを想像すると思う。風貌もナースの帽子を変形したような、ちょんと頭に乗っかるやつをかぶり、というのか乗せるというのか、ま、とにかくそういう帽子らしきものは必需品のようだ。和服である事も易者の条件だろうか?場所も昼間よりは夜。表通りよりは裏通りで、こっそり占ってもらうようなイメージだ。
なら、そんな易占いをどうして私がするのか?というと「マーフィー 運命を好転させる易と成功法則 J・マーフィー著」を買ってしまったからだ。易という部分をすっかり見落とし「運命を好転」という文字だけに惹かれてこの本を買い、これで運命は好転するはず、とウキウキしながら家で読んでみると易占いの本だった。せっかく買ったので試してみるか?とコインを始めたのがきっかけだった。

私は本屋さんでの立ち読みを趣味とするので、後日違う本屋さんへ立ち読みに出かけた。するとそこで「易経」の本を見つけた。コインでする易占いが結構楽しかったので、その本を購入して読んでみた。しかし占いを実際にしてみると判断が難しい。
そんなある日、易の先生を見つけた。一応教えてもらうつもりで出掛けたがその先生が「君は珍しい人だ」と言う。聞くと易占いは年配の人が多いらしい。西洋の易占いはタロットが当てはまるが、若い人はタロット占いを好むらしいのだ。結局、そこへは通うことが難しいため、数回講義を受けただけで止めてしまった。

ただ、私は珍しいタイプであることは間違いないようで、講義を受けに来ていた人はプロの占い師さんとか、年配の方が殆どだった。その人たちにも、私はどちらかというと若いくせに年寄りと写ったらしい。つまり私は「変なヤツ」なのだ。
今思うと、私を若いからと歓迎してくれる場所はそこぐらいなので、足しげく通っても良かったかもしれないが、「珍しいヤツ」扱いをされるのも間違いない。

とは言うものの、私は本当に変なヤツなのかという不安を持ったまま今日に至っている

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by kyouhei414 | 2005-08-27 01:22 | その他
奇跡
今は夏休みだからなのか、お化けものの番組を時々放送している。数日前にチラッと見たお化けの番組で、結構怖い再現ドラマをやっていた。それが事実なのか、色づけされた作り物なのか、全てを信じる訳には行かないが怖かったのは事実だ。

その番組では「霊現象」と表現していたが、ふと気がついたことがある。日本語に「霊」とか「お化け」という言葉があるということは、それに当てはまる現象があるからこういう言葉があるのか?と、ちょっとアホくさいけどそう思った。もちろん英語にも立派にghostという言葉がある。デミ・ムーア主演のghostは知っている人もいるはず。

言葉が先で、実際にあるかどうかは不明、と思う言葉は結構多い。その中の一つは「奇跡」だ。これもまた英語にもあるということは、日本人だけの特有の現象ではないのだろう。ドイツ語、フランス語などは知らないけれど、そういう言葉はあるのだろうか? 

奇跡は起こそうと思って起こるものではない。奇跡は、起こった事がどこか不思議でなくてはならないのだが、その不思議な事は、人間がロボットを作るようには作り出せない。計算をすることに関しては人間の能力は優れているのは確かだけれど、奇跡を起こす計算は出来ないのだ。

しかし、本来人間が持っている能力は、ロボットが作れる頭脳や、宇宙へ行けるほどの技術だけではなく、奇跡を起こす事ができる能力も備わっているはずだと思う。もちろん、奇跡だけでなく、本能的として持っている能力は何処かに埋もれただけなのだろう。
どうして奇跡を起こす力や、カンなどの能力が劣ってきたのか? それは生きるための執着が薄くなってきたことも一つの原因だと思う。今の世の中では獲物が捕れなかったからご飯が無い、とか、台風で作物がダメになったから米だけしかない、等という事はなく、スーパーというスーパー(つまらない・・・ギャグだ)便利なものがあり、食べること、すなわち生きることが容易なのだ。

反対に言うと、生きることに一生懸命だからこそ奇跡を起こす力も出てくる、そんな気がする。

うちの犬たちは、犬のくせに好き嫌いが多い。しっぽを振ればご飯にありつけるからか、動物としてのカンを忘れ、もちろん奇跡的に何かを起こすなどという能力は全く無い。
今日の晩御飯の時、いつものように私が食べているものを欲しがった。しつこいので、辛子明太子を見せてみた。何も考えず、匂いをかいで確認をすることもなく、一気にパクついた。もちろん吐き出した。辛かったのだろう、顔を振って辛さを表現した。止めておけばいいのにさらにしっぽを振って私に要求をする。「そのお肉を頂戴よ、ね?」としっぽが言っている。もちろん私は同じく辛子明太子をあげた。同じようにパクついた。ちょっと呆れた。
君達は犬だ。一度食べて辛かったのなら匂いを確認してから食べるなり、犬らしさを取り戻して欲しい。

しっぽを振って口を開く → 美味しいものが口に入る・・・・と、
我が家の犬は本能を忘れ、計算ができる犬になったようだ。。。。
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by kyouhei414 | 2005-08-26 00:41 | その他
山地剥
剥は往くところに利ろしからず。(略)山の地に附くは剥なり。上はもって下を厚くし宅を安ず。

剥落(はぎ落とされる)、剥ぎ取るという意味。形で言うと山の土が崩れて地面に落ちている状態。山は高く悠々としているのが普通だし、余程の気象条件が揃わないと山は崩れない。それが崩れているのだから、いまやなんともしがたい状況にあると言える。
剥ぎ取られるというのも、金銭、財産などに関わらず今まではあったものが剥ぎ取られると言うことで、つまりは非常に苦しい状態である。

人は生きていると色々な事が起こり、それらを乗り越えながら少しずつ年齢を重ねていく。しかし、この山地剥は、年齢に関係なく襲ってくるもので、そういう意味では厄介だ。
しかし、易経のいい所はそういうどうにもならない状態でも救いの手はあると言ってくれる。その救いになるものが「一陽来復」。「往ったものは帰ってくる、行くところまで行くと後は反転する」のだが山地剥は一陽来復を裏側に含んでいるため、悲観的になりすぎることはない。
誰もが運勢が悪いとき、運命の反転を待つというのは非常に苦しい。いつか良くなると信じているが、なんともしようがない時には苦しくてもがきやすい。しかし、易経では山地剥の時期は自分のいる場所を安泰にするように心がけること、とある。
運勢が悪い時には、運命の反転をただ待つだけではなく、そうした心がけを持てばただ待つだけとは違った将来が待っているのかもしれない。
剥ぎ取られ苦しいからこそ、自分を安泰にしておく。矛盾をしているようだが知っていて損はないと思う。
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by kyouhei414 | 2005-08-25 00:51 | 易経
刺激を受けること
最近知り合った方と一日一緒に過ごし色々な話をした。とても刺激を受けた。

色々なものから刺激を受けたり、心を動かされたりすることは多いと思う。しかし、今回私は刺激を受けても、それを自分の物に吸収していくという大切なことを学んだ。私はどちらかというと今までは刺激を受けたらそれっきりで、吸収して自分の物にしていくということを忘れていた気がする。いや、その方法を知らなくて刺激を受けるだけで止まっていたのかもしれない。

この方は写真を撮る方なのだけれど、初めて写真を拝見した時心が動いたのを感じた。そう、感動というやつだ。今まではあまり感動をする写真に出会ったことは無かったためか、その写真を何時までも見つめていた。

一緒にいる間、少し写真を写しておられたが、私が気がつきもしなかった所を見ていて、私が見ない角度から物を見る。そんな姿にも感動をしてしまった。同じ目を持っていても、見えるものが違うというのは、刺激を受けたものを吸収していく方法を知っているかどうかにも関係があるような気がした。

ふとこんな事を想像してみる・・・・
私の周りには広い場所がある。その場所の周りは森で囲まれていて、その森の外を見たことが無い。もちろん森の外にはもっと広くて綺麗な場所が広がっているがそれを知りもしない。ただ、自分の周りにある場所をうろうろとして、森に突き当たると又元の場所に戻っていく、という作業を続けている。そう、自分はちっぽけな場所に存在しているだけなのだ。
本当は誰でもその森を抜けることが出来る。ただ、漠然と森を見ただけなのか、それとも日々変化のある森を見て何かを感じ取るのか、その違いが先に広がる綺麗な世界を見れるかどうかの分かれ目となる。私はある人が森を抜けていくのを見て始めて気がついたのだ。あ、森は抜けるためにある、と。

ん~、私は想像力は豊からしいが、実行力が伴っていないんだな~。
相変わらず困ったヤツだな~・・・・。
実は、そんなことをボーっと考えてお風呂に入っていたら、1時間が経過していたことに気がつかなかった。当然、お風呂から出た時にはぐったりしていた。

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by kyouhei414 | 2005-08-21 23:04 | その他
納涼祭り

今日は納涼祭りへ出かけた。愛犬も一緒だ。
花火を見るために場所を確保したのだが、2匹を見つけたご夫婦が愛犬たちに話しかけてきた。とても友好的なそのお二人は私たちの後ろに場所を決め、犬の話で盛り上がった。同じくダックスを飼っておられる。とても可愛がっておられるそのお二人の話に笑いの絶えない楽しい時間になった。帰り際、又会おう、と約束をして帰ってきたが私自身もとても楽しみにだ。
行く前は気が進まなかったが、行って良かった。後はジュディーとさくらがこの方達の愛犬とお友達になれるといいなぁ。。。。。。


昨日は私は一日留守をしていた。母も出かけていて2匹は夜遅くまで留守番だ。所が弟から7時ごろに電話がかかってきて「犬たちのご飯の量はどれぐらいか?」と聞く。「帰ってからやるからいい」というと、弟は既に家にいるという。母が弟に電話をしたらしいのだ。散歩もまもなくして帰った母と弟でつれて行ったらしい。
私がご飯がなくても心配しない母は、犬のご飯を心配する。私が一人で家に留守番をしていてもご飯を用意してくれない弟は犬のためにはかけつける。
私が遊ぶ相手がいなくても気にもしない母は犬の散歩を気遣う。私を遊びに連れて行ってくれない弟は犬のためなら車を走らせ公園へつれて行く。
この事実から、母と弟にとっての比重が 犬>私 であると確認した。
犬より弱いのかと思うと悲しくなるが、犬と自分を比較して考える自分も情けない。
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by kyouhei414 | 2005-08-21 01:27 | 愛犬
珍しく
数日前に珍しくパンを焼いた。強力粉を沢山もらって母が「パンを作れ」と言うので、面倒だけれど頑張った。
で、どうせなら沢山作っておこうと思い、倍の量で作成開始。所が作っている途中のパンを置くところがなく、母の部屋に一時的に置くことにした。新聞紙を広げてパンをずらりと並べて発酵させていた。何もそんなに沢山作らなくても良かったか? と焼く手間を考えてぞっとした。

いい匂いがするらしく、キッチンから2匹は離れなかったが、気がつくといない。おかしいな? トイレか?と思ったがバタバタとしていてそのままにしていた。
一部発酵が完了し、焼ていみた。かなり美味しい。ま、自分で作ったものは美味しいのだが。。。。。
第2班を焼こうと思い母の部屋に入ると、パンの上にかけてあったふ布巾がずれている。あれ? とめくってみるとなんと私のパンがペッシャンコだ。なんじゃこりゃー?????? これは私の力作だぞ!!!!!!どうしてこんな事になっているのだ・・・・・・
あ・・・・・と振り返って2匹を探すとテーブルの下に隠れている。原因は判った。2匹がパンをかじったのだ。いや、踏んだのかもしれない。まどちらにしろ2匹の仕業だ。
もちろん「なにすんのぉー!!!!! どうしてこんな事をするの? あなたたちにあげたわけじゃないでしょ? 私に隠れてこんなことをするなんて、今日のご飯はナシ!!!!!!!」と叱った。
しかし、焼く前のパンだと隙を見せた私がいけなかった。それにうちのおたんちん達はパンは嫌いなので食べるはずはないとこの事態を疑いもしなかった。
でも、焼いたらふっくらするかもしれないと、あきらめずにオーブンの中へ。オーブンの前でパンを監視すること15分。とうとう私の力作のパンはつぶれたままだった。

焼きあがるといい匂いがするらしく、こりもせず2匹は私にパンをおねだり。でもパンを食べない2匹が欲しがるのは珍しいので、少しちぎってあげた。するとむちゃくちゃ美味しそうに食べている。「え?美味しいの?パンは嫌いでしょ? そうか、焼き立てだから美味しいんだ~。じゃ、もっとあげるねぇ~」と、気がついたらいつもの犬バカになっていた。
ほとほと自分が嫌になる。

追伸
私はひそかに思っている。このパンかじりのリーダーはさくらに違いないと。


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by kyouhei414 | 2005-08-18 23:26 | 愛犬
精神
ある記事で人間が労働の体の疲れと、ストレスという心の疲れとどちらが早く回復するか、というような内容を読んだことがる。
本来人間は狩猟が生きていくための方法で、体の疲れは回復する方法を体自体が知っている。しかし、世の中が文明化していくにつれ、ストレスが多くなってきた。しかし、それはまだ人間の歴史の中では浅い方であり、そのため精神的なストレスを上手に回復に向かわせるという機能が劣っている。というような内容だった。

元々、突然の変化には心がついていかないのが普通で、そういう出来事に出会うと大きなストレスを感じる。そのストレスをどのように回復させるか、と聞かれると私にも明確な返答は出来ない。人によっても方法が違うだろうし、何もしないで静かにしている方がいい人もいるかもしれない。それは人間は生きていくうちにそれぞれの嗜好、興味、大切な物を作り上げていくためなのだろう。


普段はあまり意識しない事だが、現実と気持ちが一致しない時があり、それが大きなストレスになっていく場合がある。
父が亡くなる前、笑顔を見せる父に「まだ」と思い安心をし、反面「やっぱり」と感じ苦しんだ。
そういうときの反応は「判っていても出来ない」という心の中の葛藤となって現れる。

「まだ」と思う気持ちと「やっぱり」と思う気持ちは一日に何度も行ったり来たりして、
何をどうしたらいいのか、という疑問を持って立ち往生してしまうため、このストレスの回復はやっかいだ。
しかし、何度も行き来する気持ちを利用することは出来ると思う。
「まだ」と思った時には無理をしないこと。「やっぱり」と思った時には素直に行動をしてみること。
行動してみたら結果は良かった、と思えるのもこういうときじゃないかと思う。

どちらにしろ、ゆっくりお風呂に入って爆睡して翌日取れているようなストレスでない限り正面から受け止めてその時に出来る可能な事を一つずつやっていく事しかないかもしれない。
きっと、ストレスを感じたままじっとしているよりはずっといい結果になる・・・・はず。
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by kyouhei414 | 2005-08-17 00:03 | コラム
ホワイトバランス
ある方から、黒い被写体を写すコツを教えてもらった。ジュディーは黒いので写すのが難しいが、ホワイトバランスを調整してみるといい、という事で早速試してみた。

写した所は日陰なのだが、確かにジュディーの表情が今までよりはっきり写っている。その代わりさくらが白っぽくなった。白くしすぎて失敗したのもあったが、これはこれで結構面白い写真かもしれない。

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ただ、問題があるとしたらジュディーがカメラを向ける事を嫌がるようになった事で、いくら機嫌を取っても横を向いてしまう。仕方がないので横顔を撮影。
しかし、犬といのは非常に自然体だ。嫌なら横を向くし嬉しいとこちらを向いて目を輝かせる。私が同じ態度を取ったらつまはじきにされるだろう。

人間とい一緒に生活をしていれば、様々な出来事がありそれに順応しようとする。感情もそれに伴い様々な感情を示すようになる。そんな感情を表現する方法も段々要領を得るようになり、こういうときにはこういう態度を示せば飼い主が理解をしてくれると、学んでいく。信頼関係はそれがベースで出来上がっていくのかもしれない。
最近2匹が学んだ事は、撮影のためにじっとしていることがいやで、拒否をするには横を向く、という事だ。それは悲しいけれどそういう2匹の態度から感情が判る事はうれしいとも思う。

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by kyouhei414 | 2005-08-14 23:31 | 愛犬
責められること
他人を責めることは非常に簡単だと、今日はつくづく感じた。

母方の親類は言葉がきつい人が多い。今日はお盆で、本当なら母方の実家に集まるが叔母が具合が悪いために我が家で集まった。久し振りに親戚達と顔をあわせたのだがこういうのは得意ではない。

父が闘病中、母の兄弟は私に「お父さんの面倒をよく見てあげるからお母さんは本当に助かっている。あなたがいて本当に良かった」と言ってくれていた。父が旅立った後も「お母さん一人では寂しいけれど、あなたが力になってくれているから、助かっている」と言ってくれた。
所が、今日「なぜ結婚をしない?母親の気持ちを考えたことがあるのか?いつまで母親に苦労をかける?」と責められた。お酒が入っているとはいえ、かなりきついと感じた。
もちろん、母の兄弟の言うことが間違っているとは思わない。ただ、ついこの間まで私の存在は肯定されていた。なのにほんの数ヶ月で裏と表と思えるほどの言葉に辛い気持ちになった。その時その時での自分の正直な気持ちを私に言うのだろうが、ここまで考えが変わるとは想像を超えている。

責められるにはそれだけの理由があるし、自己を振り返るいいきっかけでもある。しかし、他人を責めるとき、自分を振り返る事はあまりしない。中には自分がこうであるあから、という土台の元に他人を責める人もいるが、それは責めているのではなくアドバイスなのだろう?
 
それに他人を責めた後に残るのは、責めた人の自己満足だけだではないかとも思う。私と同じ境遇の子供を持った叔母から責められた時にふと、そう感じてしまった。

大体、そう思うことが私の悪い所なのだろうか? 素直に叔母からもらった言葉に反省をし、自己を戒めることが必要なのだろうか? 非常に苦しい心境になった。


が、ここでも私を助けるのは愛犬たちだ
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by kyouhei414 | 2005-08-14 01:11 | その他