タイトルは親友のあ~やに頂きました。コメントは記事の下のcommentsをクリック
by kyouhei414
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癌・ギランバレー☆闘病記のH・P管理者の日記。
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気になること
今日は父が入院していた大学病院へ用があって行って来た。あの病院での想い出は沢山あるけれど、今日はとても気になる事を思い出した。

父が大学病院を退院して通院し始めたころのこと。当時三匹の愛犬たちが出かけるときに寂しがるので、父が連れて行くという。少し芝生の生えた犬が走るにはいい場所があり診察が終わったらそこで走らせたいらしい。私は父に従い愛犬3匹を連れて病院へ。そしてその芝生で走らせたとき親を探している巣から落ちたツバメを発見。父はそっと手に抱きかかえじっといている。

以前、父の仕事場にツバメが巣を作り同じように子供が巣から落ちたのを保護して育てたことがある。毎日仕事場から連れて帰り、えさをやり翌朝仕事場につれて行った。そのツバメを抱きしめている父をみてその事を思い出した。

父もその経験があるからか「うちへ来るか?」と言っている。私も連れて帰って面倒を見よう、と言った。しばらく抱きしめて「面倒を見てやりたいが自分が病気だからつれて行くわけにはいかない」とつぶやいた。しかし本当は父は連れて帰りたい様子だ。「皆で面倒を見れば大丈夫だしお父さんも随分元気になったからいいんじゃない?それにこのままでは可愛そうじゃない」と言った時、父は
「面倒を見るからには責任がある。”かわいそう”だけでは面倒を見る資格は無い」と言った。そしてそっとツバメを落ちていた場所に戻し
「誰か親切な人に拾ってもらったほうがいい。きっと誰かが面倒を見てくれるからな」と話しかけていた。巣から落ちるのも運命であるとも言っていた。
最期に
「お前も自分も闘わなくてはな」と付け加えた。



あのツバメはどうしただろうか
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by kyouhei414 | 2006-01-31 23:05 |
昨日は父の月命日だった。
相変わらずこの日は好きになれない。
命日という言葉にも中々なじめない。

庭にはお供えにするための花を育てていたけれど、この冬の雪で枯れてしまった。早く雪をどけたら枯れずにすんだかもしれないが、大丈夫だろうと放置していたのがいけなかった。
やはり心のどこかで「父がいないこと」に対する拒絶反応があるのかもしれない。


父は生前は何は興味がなかったが、私が以前、生け花を習っていたためか旅行へ行くとその時々地方特有の花器をお土産に買ってきてくれた。硬い枝を切るのに苦労をしていた私にそっとはさみを買ってきてくれた。今もたまにその花器に父が買ってきてくれたはさみで花を生ける。
生前には取り立てて大した事でも無いし、何でもないことだったのに、今ではとてもよい思い出として残っている。


同じ花なのに、目的によって楽しいものにも辛いものにもなる。
どうせなら、父との思い出を思い出しながら花を供えることにしよう、と思う。
あの花器もはさみも大切に使い、父に感謝の気持ちを添えるのも忘れないようにしよう。


<おまけ>
さくらの先には石段の隙間があり、私の所までは来られない。そのため、結構機嫌の悪い表情。ジュディーは石段をさっさとあきらめて隠れてしまった。
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by kyouhei414 | 2006-01-29 01:07 |
親友
とてもいい親友を持った私はとっても幸せだ・・・・・・


顔に怪我をしたのが去年。その後連絡は取っていたけれど会っていなかった。自分から言うことでもないので黙っていたら、私のこの日記から怪我の事を知ったらしい。心配をしたのかと思いきや「最初はね、これはヤバイっておもったけど途中まで読んで安心したわ」と言ってのけた。

今はどうなの?と聞かれ「あざみたいなのは残るかもしれない」と答えると「ま、あざぐらい大した事ない。化粧で隠せ!!!!」ということだ。誠に腹の座った親友を持つと励まされる。

そして、メールでやり取りをしたときのこと。このとき私はパソコンで、彼女は携帯でのやり取りだった。すると「メール届いてないの?」と言われた。「届いていないよ」というと「送ったのに!!!!」とお叱りを受けた。何度確認しても受信していない。送ったのに届いていないのなら、私が悪いのではなくサーバーの不具合か何かだろうから、私には責任がないのになぁ、と思いながら気の弱い私は「ごめん。届いたら返信する」と謝罪した。

今日のことだが・・・・
「あなたのパソコンのメアドってこれ?」と携帯の画面を見せられた。明らかに私のではない。「違うよ」と答えると
「ご免。この前送ったけどあなたが届かなかったのは、私が違う人にメールを送ったからなの」と言う。は?その携帯に乗っているアドレスを私のだと勘違いしたらしいのだ。
ここは一気に私が攻めるチャンスだ!!!!!
「だから届いていないって言っただろうが!!!!」
「あははははっ、失礼しました」
ちゃんちゃん。私はこの親友の笑いに弱い・・・・・

もっと攻め立ててランチをおごらせようという私のたくらみはこの笑いで吹き飛ばされた・・・・


本当に私は腹の座った明るい笑いをするこの親友が大好きだ。ここでのハンドルネームはカッパというが、あのカッパヘアは見事に似合っていた。もう一度見たい気がするが私が笑いこけたので、この先同じ髪型を見ることは無いだろう。非常に残念だ。


こうして彼女の事を話題に出来るのは、実は彼女の家のパソコンは寒い部屋にある。そのため私に反撃を食らわすほどパソコンの前に座っていない。それほど彼女が冷え性なのを私は知っている。
お~い、かっぱさん。
暖かくして寝るんだぞ~!!!!
お休み


<おまけ>
狭い場所に限って2匹並ぶ。なぜなら、後ろになってしまうと前にはお尻しか見えないのだ。
人間も前が見えないと歩きにくい。人生だって前にある障害物は取り除きたくなる。
ならば、視野を広くして歩きやすい人生を進んでいきたい。。。。。。
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by kyouhei414 | 2006-01-26 00:22 | その他
火天大有
大有はおおいに亨る
大有とは大いに所有するの意味。形象からすると太陽が四方を照らす像。一人の君主が万民を所有するので大いに亨るという。
太陽が天の上にあるのが大有であり、君子はこの像にのっとり悪をふせぎ善をすすめて大いなる天命に従う。



この卦は、順調で運気盛大、天の助けもありそうなほど順調なのだ。しかし、「悪をふせぎ善をすすめて・・・」と教えてくれている。勢いに乗っていたり、運気が強い時ほど、人はつい傲慢になる。所有するものが大きいほど悪も発生しやすい。だからこそ、その悪をふせぎ善をすすめなくてはならない。
易では「心がけが正しいなら吉」などと条件をつけることが多いが、この大有は「善悪」という条件をつけている。”天命に従う時”というほど運勢は良いのだから何も気にせず突っ走ればよさそうだが、良い時ほど敵は入り込みやすい。なんでも手に入ると思った時にはすでに隙間風のように悪は入り込んでいるのかもしれない。
それを正しく見極め排除しなければ途端に落ちていく。そして悪は外だけではない。自分の中にも発生する。見逃しやすい自分の中の悪ほどたちの悪いものはない。
とにかく注意しなくてはならなのは、ご機嫌だった太陽が機嫌をそこね、照らしてくれなくなったら・・・・・暗闇の世界となることだと思う。


いや~、ほんとうに好調を維持するのも楽ではない。
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by kyouhei414 | 2006-01-24 23:52 | 易経
こういう話題
ホリエモン・ショック、マンション偽造問題で今週は騒がしかった。
こういった話題は私が取り上げて何かを言いえるほど、軽い問題ではないと思いもしますが・・・・


どちらの問題にしても、自然災害と違い人間が作り出した問題で、多くの人が関わりひょっとしたら問題になる前に事態を正しい方向へもって行くチャンスはあったと思います。
それに人間は元々愚かに出来ていて、誰の目の前にもある目先の欲には食らいつきやすい。おまけに悪い方向へ行きそうだと知っていながら、中々止められず、それもまた目先の欲だと思う。

しかし、その目先の欲というのは行きている限り誰の横にもいつでもあるし、その欲に走った経験だって多いと思う。私のように正義感の強くない人間は特に流されやすい。
ほんとうに、これらの問題は他人事ではなく、自分の中にある「欲に流される」事の怖さを考えさせられる。


先週だったか?ある番組なのだが・・・・
ひきこもりがちだった高校生がある音楽に出会い、その演奏者たちと共演することが夢となり、その夢が叶った。その少年はその経験から「この先も多くの人に夢を与えられるような人間になりたい」と希望を持つようになった。そして、番組の計らいで2度目の共演となった。その共演の後ますますその思いが強くなっていった。
私も、その少年が生き生きと演奏している姿に感動を覚えた。
たった一人の少年が持った夢だけれど、テレビ画面の向こうでは何人かが幸せな気持ちになったのではないか・・・と思った。
自分の希望や、欲望を満たすことで他人を満たすことは出来ない。目先の欲だけでは幸せにはなれないのかもしれない、そんな気持ちにさせられた一週間だった。



<おまけ>
うちのジュディーとさくらは目先の散歩で幸せなようだ・・・・

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by kyouhei414 | 2006-01-22 00:44 | その他
風邪
風邪をひいて中々治らない。特に寝込むほどでもないので動くのが治りを遅くしているのかなぁ、と思ったりしてます・・・


さくらも同じ時期から鼻水を出したり、くしゃみをする。犬は基本的に風邪はひかないようだが、寒さがこたえているみたい・・・・

そういえば思い出したことがある。
まだ恭平しかいなかった頃のことだが、どこか元気がなく食欲もないときがあった。あまり深刻なら動物病院へつれて行こうかと思っていたとき、母が熱があるのではないかという。熱があったとしたらどちらにしろ動物病院で診察を受けないとどんな病気か判らない。どうせ動物病院へ行くのなら、その時に体温をはかればいいと思っていた。ちなみに犬の体温は”おちり”ではかる。
しばらくして母が
「熱はないみたいだ」という
私「熱を測ったの?」
母「36度だった」
私「低いじゃない?(ちょっと待て。。。。母がおちりで体温をはかったとは思えない・・・・)
  大人しくしていたの?」
母「ちゃんと体温計を脇にはさんで押さえていたからいいでしょ?」
私「は?脇?」
母「恭平、こっちおいで。(と体温を脇ではかりはじめた)。ほら大人しいでしょ」
私「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだね」


私は母の力を借りずに恭平をしっかり守ると決心したのである
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by kyouhei414 | 2006-01-19 12:39 | 愛犬
水沢節
節は亨る(とおる)。苦節は貞しくすべからず
節は節制・節度・程よくして止まるの意味。沢に水ありその容量に限度がある卦象に取る。およそ物事は程よく節すれば亨るが、度を越した窮屈な節制は常道とすべきではない。

ここで言う節とは竹の節のことで、区切りで止まる事を意味していてそこから節操、節約、等の意味を含む。又、沢に水がある形の意味しているのは、水が多すぎれば沢は溢れるので多すぎる事を戒めている。もちろん少なすぎれば沢は枯れる。
本来、節とはちょうどよいバランスで節度が守られていて物事が通るのだが、その節も過ぎるとバランスを崩しかえって自分を苦しめるものとなる。だからあまり度外れた苦しい節はよくないのだ。
天地も節度があるから四季がある。人間も四季と同じように程よい節度で守られていれば、欲望からくる争いもなくなると教えてくれている。

誰もが欲望を持っているが、欲望自体が節操のないものであれば犯罪だって犯す。物を欲しがる気持ちも節操がなければ借金を残す。時も構わず、欲しいままに食べていたらデブの完成だ。
しかし、人によって節の度合いが違うのが問題だ。度外れた苦しい節がどの位置にあるのか?それが非常に難しいけれど、要するに少なすぎる節も多すぎる節もその位置までいってみないと判らないのかもしれない。
節度を守って食べているつもりが、体重が5キロも増えたとなると、やはり節度のない食べ方なのだろうし、5キロ体重が減ったのなら同じく節度がない。ベスト体重をキープする程よい節というのは結構難しいかもしれない。

最近、ジュディーとさくらがデブまっしぐらだ。
私は節度を守って食事を与えているつもりだが、多すぎる節を寛容しているのは母だ。何かと理由をつけてジャーキーを与え、2匹が喜ぶのを母が喜んでいる。一度節度を越えるとそれは当たり前となるのでやめて欲しいが、2匹も母も節操なし・・・・・
犬は簡単に節度を越えやすい。非常に簡単に欲望を表現するし、満足するとこれでもか、と喜んでみせる。ならば何が一番良い方法か? 節度を守ったらほめることだ。それしかない。
ならば、母に節度を守ってもらうには・・・・・
これは難問であり、解決方法は私には見つけられないだろう。。。。。。


<おまけ>
ジュディー得意の片足上げ
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by kyouhei414 | 2006-01-17 00:55 | 易経
艮為山
「その背に艮(とど)まりてその身を獲ず。その庭に行きてその人を見ず。咎なし

艮とは止まって動かないこと。人の体で言うともっとも止まって動かない所は背中である。したがってその背に止まるとは止まるべきところに止まることであり、止まるべきところに止まっていれば、身体の私欲は遂げ得られず、ひいては人のいる庭に行ってもその人が目に入らず、これにひかれることもなくて心身の安定を保ちえる道理であるから咎めはない」

となっている。”その背に艮まりてその身を得ず”とうのは心が落ち着いて安定している状態、虚心であることを表している。そして「人の庭に行っても人を見ない」ほど心の内面を見ているので、外のものに心が誘惑をされたりしない状態を言う。

物を見る目にも実は心が見ているという事が良くある。素直に見れば何でもないことでも、心の中に疑いを持っていればそれだけで見方が変ってしまう。大きな問題に発展してしまった時、小さな問題だったのを疑いが大きな問題に育て上げてしまうなんて誰にでもありそうだ。
それに人は誰でも欲の深い事を考えるのは得意である。欲心だって沢山持ちたがる。自分では希望だと思っていたが、冷静になってみるとそれは単に欲深いだけだったとか、ないだろうか?

この卦は「心が止まっていれば何も案ずることはない」と教えてくれているが、これは結構難しい。というより不可能に限りなく近い。体が動くように心も動くのが普通で、心が動かず止まった状態をキープするのは余程修行を積まない限り私には出来ないと確信している。
しかし、救いはある。「君子は心を落ち着け、自分の地位を越えた欲心を起さないように心がける」とあるのだ。つまり、心がければよいのだ。
それなら私にも出来そうだ。



昨日、楽しみに取っておいたクッキーがなくなっていた。一つ残らずないのだ。一体どうして? さては・・・・母が黙って食べたに違いない。母に聞くと「食べていない」という。ならばジュディーとさくらだ!!!! 私は怒った。いつもは絶対にコタツの上に手も乗せずましてや勝手に食べ物を盗むなんてしない。ほんとうにおりこうさんだと信じていたのに裏切られた気分で落ち込んだ。甘やかしすぎたのだろうか・・・・と反省もした。犬用のクッキーが好物だったが歯の健康を考えて与える事をやめた。これも2匹の事を考えての事だ。そんな私の気持ちも知らず。。。。
お風呂に入っていたら思い出した。。。。あのクッキーはお皿から袋に戻して冷蔵庫に入れたたかな?
・・・・という事は。。。。。。。
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by kyouhei414 | 2006-01-07 01:08 | 易経
1日に、父が最期に行った旅行で立ち寄った場所へ出かけてきた。海が近いので2匹を連れて行った。

到着するとさっそく砂浜で遊ばせることにした。さくらは興奮して一人で走り出し何処までも真っ直ぐ走っていき私たちを振り返りもしない。そのうち帰ってくるだろうと思っていた。さくらの前に歩いている人たちがいたが、その人たちにしっぽを振って近づこうとしたらその人たちがさくらに気がつき振り返った。するとさくらはぴたっと止まり数秒考え又勢いよく走り出した。どうやらその人たちを私たちだと勘違いしていたようだ。必死になって私たちを探している。さすがに慌ててさくらを呼ぶと、一気にこちらに戻ってくる。そしてしっぽをフリフリ「どこにいたのよ~」と甘えまくる。君はそそっかしいんだよ!!!!

まだジュディーもさくらもいなかった頃、恭平は一度だけ海に連れてきた事があるが、水が嫌いなので海で遊ぶどころか、私が目を離したすきに逃亡を図った。これには参った。
2回目は父と3匹と家族全員で行った。この時は恭平だけのけ者になるといけないし、又逃亡されても困るので砂浜で遊んだ。

しかし、水が平気なジュディーとさくらなら水際まで行っても大丈夫だろうと思い海に近づいていった。所が絶対にこちらに来ない。お尻を下げて怖がっている。そしてさくらが抱っこをして欲しいと要求するので抱っこをして波打ち際まで連れて行った。
すると、波を見ながら波が寄せては返すその動きに合わせてさくらの体も動いている。砂浜で波が散ると安心するらしいが、又、波が寄せてくると体はのけぞって波から逃げている。
あなたね、私が抱っこしているから平気でしょうが?

そして、ジュディーも抱っこして波打ち際へ、と思って振り返ったらさっさと逃げてそこにはいなかった・・・・
うちの2匹は全く情けない。。。。

やはり砂浜が気に入ったようで、「まだ走るの?」と聞きたくなるほど走る。
帰ってきたら2匹には階段を上がる元気も残っていなかった。

私はというと、元旦に海を見るのは何年ぶりかでとても気持ちが良かった。海に向かって大きく深呼吸!!!!
元々、小さな悩み事があるとき海を見ると消し去ってくれる気がするので海は好きだ。しかし、この日はこれから始まる一年に小さな悩みが沸き起こっても乗り越えられる勇気をもらった、そんな気がする。

じゃ、大きな悩み事はどうするかって?
「乗り越えれない程の大きな悩み事がふりかかりませんように」
と、1月1日0時にお稲荷さんでお願いをしてきたからきっと乗り越えられる・・・と思う
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by kyouhei414 | 2006-01-06 00:35 | 愛犬
新年
毎年行っていたお稲荷さんへ出掛け、境内の前で新年を迎えた。

毎年、家族で出かけるのが恒例になっていたけれど、今年も父も恭平もいない。
やはり寂しい気持ちは隠せない。

家族連れの人たちを見ていて、もし父がいたら何をお願いしたのだろうか、とふと思う。
父なら「家族が健康で幸せであるように」「仕事が順調でありますように」と願っただろう。
そう思った時、新年のカウントダウンが始まった。
そして、父の代わりにお願いをすることにした。
どこか心がすっきりした気がする。

今までは自分の事しか願い事をせず気付かなかったが、少しだけ父の気持ちに触れたような気がした。
父の願いはこれからもずっと同じだろうとも思った。



私たちの幸せを願ってくれた父に感謝しながら
新しい一年を過ごしたいと思う。


皆様にとっても新しい年が「健康で幸せ」でありますように

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by kyouhei414 | 2006-01-01 02:41 | その他