タイトルは親友のあ~やに頂きました。コメントは記事の下のcommentsをクリック
by kyouhei414
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癌・ギランバレー☆闘病記のH・P管理者の日記。
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毎年この時期になると「今年もあっという間に終わる。年初の抱負は空虚な妄想にすぎなかった・・」と嘆くのが私の行事だ。最後に「又年を食うのか・・・」とぼやくのも忘れない。
ただ、今年はもっとひどい。目的にしたこと、進むべき道、希望したこと、それらがすべてから回りした感じだ。たとえて言うなら枝分かれした道を興味本位で歩き、その道の途中のあちこちで道草を食ったら年初の抱負を忘れてしまって気がついたら一年が終わった、みたいな感じだ。



易経には順番があるが私はその順番どおりに書いているわけではないのだが・・・・
以前、水沢節という卦を書いたことがあるけれどその順番がなぜ今日は気になった。
「渙(かん)とは散って離れるという意味である。しかし物事はいつまでも離散の状態ではあってはならず、適当な節度、区切りをつけなければならない。そこで次には節の卦がおかれる。節度があってこそ人からもその誠意を信用される」とある。
つまり、私のように年初の抱負がどこへ行ったか判らないほど散ってしまい、適当な節度、区切りもつけられない人はいつまでたっても自分の元には何も残らないのである。

とは言っても、せめて年の終わりや初めには、反省、そして抱負を持つことぐらいはしたほうがいい。たとえ来年の終わりに「空虚な妄想」だとがっくりしても、「来年こそは」と気張るきっかけにはなっている。そうだ、そう思えば「空虚な妄想」だって「また年を食う」事だって一つの節じゃないか? 未来は明るいぞ!!!!!


と、自分を正当化して今年を終えたい。
いや、正当化なんかじゃない。昨年一年間の間に、前向きに成長したのだと思っておこう。
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by kyouhei414 | 2006-12-31 01:24 | 易経
命日
あっという間に父の命日が過ぎてしまった。
日々を過ごしていると3年という月日は長く感じる。しかし、3年経った今からあの日を振り返るととても短く感じるから不思議だ。
目を閉じると父との闘病の時間がすごく遠くにあるし、父の部屋を掃除すると元気な頃の父の存在がすぐ近くにある。本当なら時間の経過どおりに父の存在を遠くに感じ、闘病を近くに感じるはずなのに、今では元気な頃の父の方が私には近いところにある。
それは急にそうなったわけではなく、徐々にそうなって行った感じがする。

人は忘却という強い武器を持っている。辛いことは無意識のうちに忘れるようになっていて、反対に楽しかった事は心に留まり、自分を励ます役目をする。
心にも回復力というものがあるが、その回復力とは忘却という自然治癒の力を借りることなのかもしれない。
かといって私は父の闘病を忘れたわけではなく、むしろいい思い出に変化しつつあるのではないかと思う。案外涙もろい父が涙を流した部分を忘却し「頑張る」と前向きに闘う姿勢を良い思いでとして私を励まし、回復がないと知り苦しんだ自分を忘却し、父とともに力をあわせて病に立ち向かった父と自分を良い思いでとして励みにしていく・・・・・
「時間が解決する」とたまに聞くのだが、それもこういうことを指しているのだろうか?


今日は父の部屋を掃除しながらいまだに残る父の物を眺め、父との思い出を思い描いていた。
明日も頑張ろう。。。。。そう思えるから不思議だ
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by kyouhei414 | 2006-12-30 01:09 |
Marry Cristmas
皆さん、どんなクリスマスをお過ごしですか~?
私は、ケーキを焼く予定がめんどくさくなって、結局ジュディーとさくらと一緒にケーキを購入しに行きました。
ジュディーとさくらは私が車に戻るとすごく嬉しそうに「ねぇ、何買ってきたの? え?ケーキなの?一緒に食べれるよね? 匂いをかがせてよ!!!」と車に乗せようとしたケーキに飛びつき、箱が90度傾きました。
家に帰るまではそのケーキの箱を開けるのが恐ろしく、もちろん自宅へ帰るとガメラが怒るのも間違いなく、とにかく恐怖心で一杯でした。
しかし、大丈夫かもしれない、という淡い期待のもと箱を開けると・・・ががーん・・・・絶句。あんなに可愛かったケーキが・・・・
「おめぇらが飛びついたからこんな風になっちゃったんじゃないか!!!!! どうしてくれるんだよ」とつい怒りをぶつけたところ、ガメラに「あんたが悪い。2匹が欲しがるのは当たり前だ」といわれてしまいました。恐怖のクリスマスです。


そして、転んで顔面激突から一年。顔の傷は見事に綺麗になり、なんとも安心しました。私自身、あの血だらけの顔がこれほどまでに綺麗に傷が治ると思っておりませんでしたので非常に嬉しいです。しかし、何かが違う。そうか・・・・1年の間に老化という現象に襲われ顔面の形状が変化したのであります。喜びは吹っ飛び、悲しみに襲われました。


何はともあれ、皆さま楽しいクリスマスをお過ごしください。
すべての人にMerry Cristmas!!!!!!


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by kyouhei414 | 2006-12-25 11:13 | その他
ボクシング
亀田選手の試合を少し見た。もともとボクシングは苦手で顔から出血したりすると、どうしてこんな目にあうのに頑張って練習をするのだろう? どうしてボクシングの選手になりたいと思ったのだろう?と思ってしまうからで、私にとっては苦手なスポーツなんだろう。。。。。


しかし、亀田選手は見ていて心配になるほど大口を叩くのだが、なんとなく大口を叩くだけではないのかもしれないな、などと思った。何というか、非常に素直な感じがする。
前回の試合の後は色々とあったようだが、後ろを向かずにひたむきに練習をしたという感じがするし、普通なら言い訳をしたり、逃げたり、誰かのせいにしたりするのに正面から受け止める素直さが見える。

頑張るっていうのは素直じゃないといけないのかもしれない。
私の場合は逆境から逃げるのが得意なのだが、逃げた後に残ったものは何もない。反対に逃げたことで逆境との距離は遠のくが、再び追われるハメに陥る。


といつも思うが、いつも逃げている気がして、成長とは程遠い存在の自分に気がついた一日だった。





今日の一枚
散歩へ連れて行けと訴えるさくら

私が散歩の準備をして1階へ降りて散歩へ行くのを待つ2匹。
どっちにしろ2匹は散歩が好き
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by kyouhei414 | 2006-12-21 00:08 | その他
ちょっと心配なこと
毎年、さくらは10月末ぐらいに冬毛に変わるため抜けはじめる。ところが、今年は12月に入ってから抜け始めた。
寒さを昨年ほど感じないからだろうと思うが、それだけではなんとなく済まされない。

地球温暖化が言われるようになってどれほどになるか判らないけれど、今年の冬の気温もその温暖化が影響しているのかな?と心配になった。
どれだけの人たちが地球環境を考えて暮らしているか判らないが、温暖化は改善の傾向は今のところ見られないのかもしれない。


もともと、人間の寿命は自然の中では短い方だ。
自分より弱い犬の面倒を見るのは人間で、その弱さはもちろん人間が世話をしないと生きていかれない、という意味もあるが、寿命の長さからも犬より数倍も長寿である人間が犬の世話をする。もし寿命の長さが反対なら犬はペットとして存在はしなかったはずだ。
自然の寿命も同じで、人間の寿命と比べると数倍、数十倍、いや数百倍も長い。だから本当は人間が自然に面倒を見てもらっている。
愛情を注がれた犬が飼い主に対して無条件に愛情を向ける、けなげなまでに忠実になる、そういう姿から、人間も自分たちよりはるかに長い寿命を持ち、そして偉大な自然に敬意を払うこと、それが地球環境の保護なのかもしれないな、と思ったいする。。。。。



犬の寿命といえば、あのペットの番組の看板犬が亡くなったそうだ。
まだ7歳だったそうで、若すぎる死を惜しむ声があちらこちらで聞かれる。
多くの人たちに愛されたまさお君が安らかに眠れますように・・・・・・


うちの2匹も皆さんから愛されていると思う。。。。羨ましい・・・・
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by kyouhei414 | 2006-12-19 00:41 | 愛犬
年賀状
そろそろ作らないといけない。
昨年は大変いい年で、犬を題材に作ってみた。今年は亥。。。。
何を題材にするか? もちろん2匹だ。
試作を作ったところ「亥年に犬なんて変だ」と弟に言われた。
ええじゃないか? 我が家の家族だ。皆子供の写真とか使ってるじゃないか?

ということで、意味もなく我が愛犬を題材にすることを決めた。
誰が反対をしても愛犬が題材だ。
くどいようだが、子供の写真を載せるのと同じことなんだから
愛犬が題材だ。



それより、明日の朝の2匹のご飯がない。。。。
きっと、ご飯をもらえるまでうるさいだろうな。
どうしよう。参ったなぁ。
あ、朝ごはんは豚軟骨を茹でたものをあげている。
前は市販のビーフ・ジャーキーだったが、これは私がそうしたわけではなく、父がそのようにしてしまったのだ。朝早く起きていた父と一緒に起きて1階へ行き、ジャーキーをもらい、そして又2階へ上がり私の布団の中へ入る。それが日課だった。
つまり、私は親より遅く起きる親不孝な娘だったということだ。

とにかく朝が怖い・・・・・


何も要求しないと可愛いんだけどなぁ。。。。
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by kyouhei414 | 2006-12-14 23:19 | 愛犬
大壮
大壮は大なる者が壮ん(さかん)の意味。大(陽)が長じてなかばをすぎれば壮んなる卦象にとる。勢いが壮んな時はつい調子にのりすぎる嫌いがあるから、貞正にするのがよろし。
盛んなときは傲慢に陥りやすいから君子はこれを警戒してかならず礼に外れた行いをしないように心がける


人生の中で一度ぐらいは勢いの盛んな時がある。この卦はその勢いの盛んなときのことを言っている。好調な時期というのは誰もが求めることであるが、一旦手に入れると案外それがあたかも当たり前だったかのように好調の波にふんぞり返り、そしてそれが敵を作り、傲慢になり、つい調子に乗る。そして気がついたときには好調の波は去っている。「あの頃はよかった」と後で振り返るだけの場合もあるから始末が悪い。
ラ○○○ア事件の中心人物が「調子に乗りすぎた」と告白したというが、傲慢になってしまったという点ではまさによい例なんじゃないかと思う。

なら、誰もがそうやって好調の波を過ごしてしまうかというと、必ずしもそうではないと教えてくれるのがこの卦のいいところである。
それが「貞正にすること、礼に外れた行いをしないこと」というのだが・・・
大壮というのは大なる者が壮んであるということで、大なる者は正しくあれ、すなわち正大であれ、と説いている。
又、礼というのは壮んなときこそ傲慢になりやすいから礼に外れないように心がけることが必要となる。
なにやら難しいが、好調の波にふんぞり返ることなく、
かえって好調の波を警戒し、礼を忘れないこと。それには自分に勝つ強さが必要だ。「自ら勝つ者は強し(老子)」とは好調を維持するためには強さが必要である、いや、強いからこそ好調を維持できると取る事もできる。

つまり、私のように自ら勝てない者は正大から程遠いわけで好調の波を逃がすか、見過ごすか、過ぎ去っていくのを呆然と見るだけか、はたまた過ぎ去った後に気づくのがオチである。
それに気づいただけでもこの卦は大いに私にとっては意味がある。
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by kyouhei414 | 2006-12-13 00:19 | 易経
スタンダード・ダックスフンド
外出した先で出会った人がスタンダードのダックスフンドを飼っている、と話しかけてきた。そして、連れてきましょうか?とわざわざ家に戻って連れてきてくれた。
13キロだそうで、かなりの迫力だった!!!!
で、一枚目はその子の写真だけれど大きさが判らない。で、ジュディーとさくらを並べて撮影しようとしたらジュディーは隠れてしまって出てこない。仕方なくさくらと並んで撮影。
いや~、でかい!!!!

その子はさくらを気に入ったようでなんとかくっつこうとするがさくらは拒否。
近づかれると私に抱きついて離れないので、仕方なく私にアタック。それが。。。でかいだけあって猛烈な勢いで参った。。。。

なんだか他の犬種みたいだったけれど、大きいダックスもいいなぁ、と思ってしまった。
ただ、その人が言うには「抱っこできるダックスが羨ましい」とのこと。確かに2匹を一緒に抱っこできる大きさなのでなんとかなっているが、13キロだとうちの2匹を足してもまだ大きい。ちょっと抱っこは無理があるか。。。。。。
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by kyouhei414 | 2006-12-05 23:09 | 愛犬
がんセンター
あれから3年。がんセンターへ用があり当時主治医だった先生と、看護師長さんの顔を見てくることにした。
お仕事の邪魔になってはいけないので病棟へ行ってそこにおられるようならお顔だけでも拝見しようと思い病棟へ上がって行った。なつかしい。毎日通ったその廊下、階段、休憩室、すべては3年前と変わらずで、時が戻ったような感じすらうける。

補助婦さんの姿を見つけたのだが、その人は当時お世話になったので覚えがあった。その人に先生と看護師長さんの居所を聞くと「あなた、覚えがあるわ」と言われた。「ちょっと待って、看護師さんに聞いてくるから」と言い、看護師さんを連れてきた。事情を話すと「あ~。私も覚えがあります。いや~、お久しぶりです」と言ってくれた。身内である私を覚えていてくれるなんて嬉しいやら恥ずかしいやら。。。。

あいにく看護師長さんは会議中でお会いできなかったが、主治医の先生のお顔を拝見することができた。
お元気そうで、以前よりどこか貫禄がでてきたような気がした。もっと懐かしい感じがするかと思ったのだけれど、案外そうでもないのが不思議だった。
心のどこかに「顔を見てちゃんとお礼を」と思っていたひっかかりがすっと解けて、スッキリした。先生も「もう随分前のことなので覚えていてくださるか判りませんが」という私の言葉に「大丈夫ですよ」と言ってくれて、なんとなく嬉しかった。とにかく、よかった。
帰りの廊下で先ほどの補助婦さんと偶然会い「しかし、お元気になられて。本当によかったですね。今日はどこの検査?」という。
なんじゃそりゃ? 私を患者と思っていたのかい? 違うよ、私のとーちゃんだよ!!!!
その人いわく、「普通は患者さんの家族の顔までは覚えていないのよ。覚えているぐらいだからてっきり患者さんかと思って」ということらしい。
看護師さんも当時の人たちは私が話をした一人ぐらいが当時のままであとはほとんど変わってしまっているということなのに覚えていてくれることは嬉しかったのだが、その看護師さんも私を患者と思っていたというから驚いた。

帰りの道路で色々と振り返えっていた。
色々な困難や壁にぶつかりながら一つ一つハードルを超え、父の人生を「父らしく生きる道」を作って行くという作業だったように思う。
そしてどんな困難も壁も、いい主治医にめぐり合えたこと、父らしく最期まで生きれたこと、そういう結果のためには必要な困難だったような気がする。いや、乗り越えられたからこそめぐり合えたのかもしれない。
そう思うとすべての人、すべてのことに感謝したい。

そして、誰でも人生に波があるが、父の闘病はその長い人生の波を凝縮しただけのことかもしれないとも思った。色々な人と係わり合い、どのように生きて、目の前の困難とどのように付き合うのか。
悲しみ、苦しさ、辛さ、それらは半端なものではない。しかし、その中に見つける喜び、笑顔、幸せ、それは何に変える事もできないほど素晴らしいものでもある。
棚からぼた餅式に授かった喜びは浅はかで消えるのも早い。しかし、必死になってつかんだ喜びがたとえ一瞬であったとしてもそれは余韻となって長い間心に残る。

ふと、父が釣りへ行ったときのとても嬉しそうな表情が浮かんできた。
何気ない会話をしているときに見せる父の笑顔が優しかったことに気がついた。









父が車に乗って会話をしている時みたいに、この日の父はとても近かった。。。。。
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by kyouhei414 | 2006-12-04 23:45 |
バセンジー
こんぺいとうさんがワンコを飼いはじめたという話で、ペット仲間も増えていくようで嬉しい。
その子があまり吼えないということを聞き、ある犬種のことを思い出した。
バセンジーである。
このバセンジーという犬種は年に数回吼える程度で、吼えてもワンワンキャンキャンとは吼えない、非常に珍しい犬種だ。
きついところもあるが、案外甘えん坊な所もあり、その甘え方がなんとも言えず大人しい。うちの2匹みたいに尻尾をフリフリ、ジャンプしまくり全身で喜びを表現するタイプと反対かもしれない。それにダックスはよく吼える。これは猟犬として山の中で獲物を見つけたときに大きな声で吼えることは必要な特性なのだが、家庭犬としては吼えない犬の方が扱いやすい場合も多い。

しかし、犬という動物は本当に幅広い。大きさ、特性、などからしても実に様々で犬として囲う枠の大きさは他にはないほどだと思う。
ただ、犬は古来から人間とかかわりが深くどのような目的で犬を飼うにしろ、人間が持っていない特性を私達のために使ってくれる実にけなげな動物だと思う。
人間にできないこと。。。。
それは優れた嗅覚や、聴覚だけではない。
無条件に愛情を向けてくれる、無条件に信じてくれる、それらは計算をしたり裏切りを知っている人間はもっていないものだ。
だからこそ私達はその犬の姿に癒される。

<今日の一枚>
私にデブと言われてけなげにダイエットに励んださくら。お腹のラインなどは中年太りとは無縁なほどすっきりとした。目標体重達成にて一旦ダイエット終了!!!!!
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by kyouhei414 | 2006-12-04 01:21 | 愛犬