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by kyouhei414
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癌・ギランバレー☆闘病記のH・P管理者の日記。
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天雷无妄(てんらいむぼう)
无妄とは虚妄なきこと、自然のままにして真実なこと。无妄真実の道をもって事を行えば大いに通る。もし動機が不正であるならば、かえってみずから災いを招くことになろうから進んで事を行うにはよろしくない

嘘偽りの無い心、無心の心で進のなら、天は望外の福を与えるが、うそ偽り虚栄、邪念が心にあるなら、進んでも良いことはない。と、言っている。
人は大人になるに従い色々なことを学ぶ。世の中の仕組みも知り自分が生きていくための知恵もつける。しかし、純粋なまま大人になる人は少ない。フォレスト・ガンプぐらいだろうか?
きっと悪知恵、邪念、など純粋とは反対の事も習得していき、だからこそ大人の社会を生きていけるのかもしれない。純粋で素直で自然のままに生きていたら悪いやつにだまされ、身包みはがれて生きていく場所を失うなど悲惨な経験をするかもしれない。大人になって生きていく社会は面倒なものなのだ。

そんな大人が自分の目標や目的、希望に向かって進むとき、その理由の中に嘘や偽り欲望だけが渦巻いていたら、その望みは達成する事は難しい。元々持った希望さえ虚像にすぎず、身勝手で自己中心的な理想を追求するだけになるからだ。
しかし、純粋で自然のままで真実の心を持つことも以外に難しい。どこかで計算が働き、都合の良いことだけを希望として持ってしまうのが大人なのかもしれない。

私が今までで、純粋で自然のままで真実の気持ちで希望を持てると思ったときは、父と恭平が病に倒れた時だった。一日でも長く、少しでも笑顔でいられるように・・・と願う気持ちに嘘、偽り、虚栄、欲望など挟む余地は無かった。
そして、そのときに流した涙も沢山ある。純粋で素直で自然のままであるからこそ流した涙と言えると思う。

きっとそれは自分をいたわるためにも流した方がいい涙だったのだと思う。
そして我慢しないで泣き崩れてもいい涙だった。
by kyouhei414 | 2005-10-22 00:58 | 易経
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